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【解説】今さら聞けない!香港デモについて教えて! −理由や原因は? 

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香港はアジアの金融センターであり、1997年にイギリスから中国へ返還された後も繁栄を続けてきました。また多くの観光客が訪れる観光都市でもあります。そんな香港ですが、現在反政府デモが長期化し衝突も激しさを増してきています。何故香港の若者は抗議の声をあげて、こんなに長期に渡って抗議活動が続いているのか、時間を遡って解説します。

そもそものきっかけは台湾で起きた殺人事件だった

潘曉穎さん殺人事件

事の発端は台湾海峡を隔てて台湾で起きたとある殺人事件でした。2018年2月8日に香港から1組の香港人カップルが台湾に旅行にやってきました。陳同佳(男)と潘曉穎さん(女)の二十歳前後の恋人同士でしたが、この陳同佳が潘曉穎さんを殺害、遺体を遺棄してそのまま香港に逃げ帰るという事件が起きました。

この二人に何があったのでしょうか?台湾に入国後、二人はあちこち観光を楽しんでいましたが、最後の晩に喧嘩になって潘さんが陳に1ヶ月程前に妊娠していていることがわかった事、且つ父親は前に付き合っていた彼氏だったことを告げ、元彼の影が頭をよぎった陳は衝動的に潘さんを殺害、遺体をさっきナイトマーケットで買ってきたばかりだったスーツケースに詰めたとのことです。

翌朝、陳はそのスーツケースを持ってMRTに乗り、竹圍駅で降り近くの公園の草むらに遺棄してそのまま香港へ逃げ帰りました。

事件の発覚と警察の対応

潘さんが台湾から戻ってこないことを心配した潘さんの両親は陳を問い詰めますが、陳は旅行中に喧嘩をして彼女がどこかに行ってしまい見つからなかったと嘘をつきます。両親は香港警察へ捜索依頼を出しますが、待っても音沙汰がなく、2018年3月11日になって台湾警察当局へ連絡をします。

台湾側の捜査で、ホテルの監視カメラにスーツケースを持って陳が一人で出て行く姿が残っていましたが、その後の足取りはわかりませんでしたが、陳が香港に戻ってから潘さんのキャッシュカードを使って現金が引き出されているのがわかり、2018年3月13日になって香港警察は陳を拘束しました。取り調べた結果、潘さんを殺害したことを自供し、その自供に基づき台湾警察が遺体を発見しました。

殺人容疑で逮捕ができない!

陳は窃盗罪などの罪で香港で起訴され有罪が確定しましたが、香港と台湾の間では犯罪人引渡し条例が結ばれておらず、台湾で殺人の容疑での身柄の確保、起訴ができません。遺族は台湾に渡り台湾政府へ香港側へ圧力をかけるように依頼しましたが、香港警察は引渡し条約がないことを盾に台湾警察の要求を受け付けませんでした。

香港が犯罪人引渡し条約を締結しているのは20ヶ国のみ

香港が犯罪人引渡し条約を締結しているのは以下の20ヶ国になります。(2019年11月現在)

  • オーストラリア
  • カナダ
  • チェコ
  • フランス
  • フィンランド
  • ドイツ
  • インド
  • インドネシア
  • アイルランド
  • マレーシア
  • オランダ
  • ニュージーランド
  • フィリピン
  • ポルトガル
  • 韓国
  • シンガポール
  • 南アフリカ
  • スリランカ
  • イギリス
  • アメリカ

逃犯條例修訂草案を提出へ

逃犯條例修正案提出までの経緯

潘曉穎さんの事件発覚後、台湾の士林地検署は2018年3月、4月、7月と続けて対中国大陸政策を管轄する大陸委員会を通じて香港政府に協力依頼を行ったものの、大陸委員会によれば香港政府からは回答がなかったという状態でした。2019年2月に香港政府は記者会見の場で逃犯條例修訂草案を立法会(国会に相当)へ提出することを発表しました。

逃犯及刑事事宜相互法律協助法例(逃犯條例)の修正内容

今回の主な修正内容ですが、従来の逃犯條例では犯罪人引渡しの手続きを行う対象国について香港政府及び香港以外のエリアの政府(中央人民政府或いは中華人民共和国のその他の部分政府を除く)」とされており、中国本土、及び中国の管轄下にあるマカオ特別行政区、そして建前上中国の領土と主張している台湾は対象に含まれていませんでした。

今回の修正案では、この除外規定を外すことで引渡し手続きができるようにしようとするものです。

民主派から反対の声が上がる。

香港政府の修正案に対して、これまでに中国政府の香港への監視圧力強化を感じていた民主派を中心とする市民は、危機感を強めました。一国二制度の下、言論の自由が認められていましたが、中国政府の意に反する表現ができなくなり、且つ中国政府によって恣意的に中国本土へ連れていかれる恐れがあるというのです。

そして反送中デモが始まる

当初のデモは香港島が中心

3月15日に多くの市民が政府総部前に集まり、抗議の声を上げました。集まったデモ参加者はガラスを割って政府総部内に侵入し、座り込みを行いました。この際には最終的に9名の逮捕者が出て、デモで初めての逮捕者となっています。

3月31日には民間人権陣線によってデモが呼びかけられ、初めてのデモ行進が行われています。この日の参加者は主催者発表で1万2千人、警察発表で5200人でした。4月28日には民間人権陣線による2回目のデモ行進は行われ、主催者発表で13万人、警察発表で2万8千人と、2014年の雨傘運動時の記録を上回る参加者を集めました。

香港政府の読み違い

当初、林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官をはじめとする香港政府は多少の抗議があったとしても、親中派が議会を抑えていることもあり、押し切れるを見ていたようです。世論の声が大きくなり、親中派の中からも懸念の声が上がる中でも、市民からの要求を頑なに拒否し続けました。結果的にこの政府側の態度が市民側の反感を高める結果となります。

その後抗議デモは激しさを増していき、香港島だけでなく九龍側でも行われるようになっていきます。6月15日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は修正案の手続きを止めると発表しましたが、「撤回」との言葉を使わなかったために、更に火を注ぐ結果となってしまいました。

これからどうなる?

現在、デモ参加者の政府、警察の反感は強まっており条例改正は撤廃されたものの先行きは読めない状況です。引き続き情勢を見守っていく必要がありそうです。今回の抗議活動は台湾で起きた殺人事件がきっかけということで、その経緯を説明しました。

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